山本あけみ 様々な活動から

木曜茶話会

木曜茶話会

毎月第4木曜日に「木曜茶話会・区民意見交換会」を開催しています。
日ごろの区政への疑問や質問、貴重なご提言など、自由な意見交換の場として、
前半はテーマに沿って、後半は自由な意見交換とさせていただいています。

詳細の日程はブログやメルマガで告知をしております。
参加無料、予約不要。
皆様のご参加をお待ちしております!

「太陽の蓋」
すぎなみ上映実行委員会を主宰

「太陽の蓋」すぎなみ上映実行委員会

平成28年7月のロードショー以来、日本各地でロングランの自主上映が続いている本作品を是非杉並で、
というお声を頂き、「太陽の蓋」すぎなみ上映実行委員会を立ち上げました。

2016年6月、地元久我山に菅直人元総理大臣をお迎えして、「あの時のこと」と題し、
3.11の原発事故発生時に首相としてどう対処したのか政治家としての今後の取り組みは何かといった内容で、
40名弱の参加者との質疑応答を通して振り返りの会をしました。
生き証人である菅元首相ご本人の口から語られる真実に耳を傾けました。

あの時何が起こっていたのか、答えは全てこの映画の中にあります。
沢山の方に観て頂きたいと、身近な地域での上映会を企画し上映の後、
クロストークとして橘民義プロデューサーや菅直人元総理などをお迎えし会場の皆様との質疑応答を予定しています。
その他、特別ゲストも登場の予定!ご期待ください。

映画「太陽の蓋」すぎなみ上映実行委員会のページ

映画「太陽の蓋」ご案内(以下、ホームページより抜粋)

東日本大震災~、福島原発事故が起きた3月11日からの5日間。
原発事故の真相を追う新聞記者をキーパーソンとし、
そして当時菅直人政権であった官邸内、
さらに東京や福島で暮らす市井の人の姿を
対比させて描く本作。
菅内閣の政治家は全て実名で登場させ、
原発事故の経過や対応を事実に沿って丹念に追う。
情報が錯そうする中、
極度の緊張感にあった人間ドラマを描き、
官邸内部のリアルな様子を浮かび上がらせる。
原発と共に生きて来た福島の人々の葛藤、
事故発生によって翻弄される
マスコミや東京に暮らす人々を切り取ることで
原発と日本人の姿を俯瞰的に捉えている。

「グリーンテーブル」に参加

原発のない社会をつくるには、電力会社頼みではなく、国まかせでもなく、地域から変えていくことが大切だと考えています。
そのために、批判だけでなく、地域や自治体での実践を共有化し、
研究・研修し、ともに政策を作り行動することで原発のない社会をめざすための協議の場として「グリーンテーブル」と命名しました。

【報告】
2016年12月12日、グリーンテーブルからの政策提言を民進党・蓮舫代表に手渡しました。
 民進党が「国民とともに進む政党」であろうとすれば、わが国の脆弱なエネルギー構造を大地に足を着けた持続可能なものとする主張を打ち出すことが極めて大事であり、次期衆院選マニフェストに書き込むことを求める内容です。この場には、民進党のエネルギー政策を進めるうえで連携させていただいている民進党エネルギー環境総合調査会事務局長の田島要衆院議員、グリーンテーブルメンバーの角倉邦良群馬県議、そして私も同席しました。  この後、蓮舫代表は、千葉県の再生可能エネルギー関連施設を視察し、「脱原発政策」を次の衆議院選挙の政権公約の柱の一つにする考えを示しています。

グリーンテーブル

提案書はこちらです

ひとり旅

ひとり旅

独身の頃、本物のインテリアを見る事で設計力を上げて行こうと、主にヨーロッパを見て回りました。
勝手気ままなひとり旅が大好きでした。パリやロンドン、ミラノなど大都市や田舎町などにも足を運び、インテリア設計の息を飲むような素晴らしさに驚きながらも、主に美術館、高級ホテルのロビー、ショップなどを回り、素材や寸法、全体の雰囲気を掴むなど経験を積みました。夜パリを歩いていて、ふと見上げるとアパルトマンの最上階の天井が彫刻やシャンデリアなどで見事に装飾をされている様子が見え、アンティーク市では古い良さを大事にするなど、人々の日常を垣間見る事が最高の楽しみでした。

小さい頃

ひとり旅

砂場遊びやかけっこ、自転車やその頃流行っていた竹馬など時間を気にせず、思いっきり走り回って子ども時代を過ごしました。同年代の子どもが沢山いて、いくら遊んでも飽き足らないほど楽しい毎日を過ごしました。
中高生ではバスケットボールに熱中し、その時の仲間は生涯の友人となっています。

バスケットボール

インテリアコーディネーター時代

インテリアコーディネーター時代

OL時代にインテリアの洋書に憧れインテリアコーディネーターを目指しました。
インテリアコーディネーター資格試験に合格し、住宅メーカーにアシスタントコーディネーターとして採用され、後に専属系契約を結び20年間にわたって住宅のインテリア設計に携わりました。モデルハウスを設計している先輩に基本的な設計の技術を教えてもらったのをきっかけに、いつかは自分でモデルハウスを設計できるようになりたいと研鑽を積みました。
モデルハウスのは基本的な設計力に加えて、流行を踏まえ独自性も必要とする大変厳しいものですが、私が所属をしていた会社では全てインテリアコーディネーターに任されていて、厳しい評価の目にさらされながらも自分の設計したインテリアが実物となるという大変やりがいのあるお仕事でした。
 一般物件も300棟近くを設計し、お客様とのやり取りの難しさ、お考えをじっくり伺うことの重要性を実感し、それは区議となってからも生かされていると考えています。